2030年、私たちは10人の自分を持つ
内閣府ムーンショット目標が示す2030年、1人で10体のアバターを操作する未来。私がメタバースで実際に体験した自由と、障害のある人の新しい働き方について綴ります。
ようこそ、夢かふぇへ。
ねぇ、今日は、
少し不思議な話から始めさせてください。
1|見えなかった未来に、名前をつけた日
今日、アメリカが建国250周年を迎えました。
想像してみてください。 250年前のその日、フィラデルフィアの一室に、何人かの男たちが集まっていました。
窓の外には、まだ舗装もされていない道。馬の蹄の音。ろうそくの明かりだけが、部屋を照らしていました。
彼らの手元にあったのは、たった一枚の紙でした。 インクの匂いがまだ乾ききらないうちに、56人が次々とペンを取り、自分の名前を記していきます。
その紙には、まだ影も形もない国のことが書かれていました。 誰も見たことのない国。 誰も生きたことのない暮らし。
その紙にサインをしながら、彼らの手は震えていたかもしれません。これが成功する保証は、どこにもなかったからです。
それから250年。 その紙から始まった国が、今、世界最大の経済大国になっています。
高層ビルも、インターネットも、宇宙に飛んでいくロケットも。 あの部屋にいた誰にも、見えていなかったはずです。
彼らに見えていたのは、ただ「まだ誰も見たことのない国のかたち」を、信じる、という一点だけでした。
私はこの話を聞いて、ふと思ったんです。 未来というのは、いつも、その時代の人たちには見えていないものなんだ、と。
見えていないから、不安になる。 見えていないから、今のままでいいと思ってしまう。でも、見えていないだけで、もう動き出しているものは、実はたくさんあります。
今日はその話を、少しだけさせてください。
2|日本にも、同じ賭けをしている人たちがいた
実は日本にも、もうずっと前から「まだ誰も見たことのない未来」に賭けている人たちがいます。
2020年1月、内閣府が「ムーンショット型研究開発制度」という計画を発表しました。 名前の由来は、あのケネディ大統領の「月面着陸計画」です。「不可能だと思われていることを、本気で目指す」という意味が込められています。
このムーンショット計画には、全部で10個の目標があります。 その中の目標1がこれです。
2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現する。
そのための中間目標として、こう定められています。
2030年までに、一人の人間が、10体以上のアバターやロボットを、アバター1体のときと同じ速度・精度で、同時に操作できるようにする。
気になった方は、これで検索してみてください。内閣府の公式サイトに、そのまま出てきます。
これは、「サイバネティック・アバター基盤」と呼ばれています。 アバターというのは、自分の分身です。画面の中や、ロボットの姿を借りた、もう一人の自分。
なぜこんな目標を、国が本気で掲げているのか。 そこにあるのは「誰もが多様な社会活動に参加できる社会をつくる」という願いです。
身体が不自由な人も。
遠くに住んでいる人も。
時間が足りない人も。
分身を通せば、場所や身体の制約を超えて、社会に参加できるようになる。 それが、この目標の本当の狙いです。
実は、これはもう
「未来の話」ではありませんでした。
インターネットの中に、ドアがあるんです。 そのドアを開けると、もう自分は分身の姿になっていて、そこにはデスクがあって、休憩室があって。外の世界にあるオフィスと、同じような空間が、ちゃんとそこにありました。
私の友人は当時、そんなメタバース空間を借りて、そこで障害のある方に仕事をしてもらっていました。
実際、2022年には八王子で、対人不安のある方を対象にした仮想空間での就労支援が始まっていましたし、B型事業所がメタバースを使って新しい働き方を作る動きも生まれていました。
車椅子の方も、この空間の中では、自由に走り回ることができます。
ある親御さんのことを、
想像してみてください。
その方は、ずっと願っていたかもしれません。 「うちの子が、外に出て、誰かと働く姿を見てみたい」と。
でも現実には、それがどうしても難しい理由が、いくつもあったかもしれません。人混みが苦手だったり、身体が思うように動かなかったり、外に出ること自体が、大きな壁だったり。
そんな親御さんが、ある日、画面越しに、我が子の分身がオフィスの中を歩いているのを見ます。 デスクに座って、誰かと話して、笑っている。
現実の身体は、家のリビングにあるのに。 分身は、ちゃんと社会の中で、働いている。
その光景を見た瞬間、その親御さんの中で、何かが動いたはずです。 「この子にも、働ける場所があったんだ」 「この子は、ちゃんと社会と繋がれるんだ」
長年、諦めかけていたものが、画面の中で、静かに叶っていく。 そういう瞬間が、もうあの頃、確かに存在していました。
私自身も、そのオフィスに入ったことがあります。クライアントの方と、2、3人、そこでセッションをしたこともありました。「今日はここでやりましょうね」と言って。
その空間では、YouTubeも流せたし、映画のスクリーンのように資料を映すこともできました。外の世界と、何も変わらなかったんです。
もし知らなかったなら、これを機に知ってもらえたら嬉しいです。まだ知られていないだけで、もう始まっている働き方が、ここにあります。そしてその働き方は、誰かの家族にとって、ずっと願っていた景色そのものかもしれません。
この目標が発表されたとき、実はもうClubhouseの中で話題になっていました。「ムーンショット計画、発表されたね」って。
今から、もう5年ほど前の話です。
そこから、Clubhouseの仲間たちの間で、メタバースの中で遊ぶということが、静かに流行り始めました。国のプロジェクトが動き出すのと、ほとんど同じタイミングで。
250年前、アメリカの建国者たちが「まだ見たことのない国のかたち」に賭けたように。あの頃、私たちも、まだ誰も生きたことのない生き方に、少しだけ足を踏み入れていました。
SFの話に聞こえるかもしれません。 でも私にとっては、これはもう5年前から、すでに始まっていた話でした。
3|怖くなかった、そこにあったのは自由だった
その頃、
私はもう、
メタバースの中にいました。
最初に夢中になったのは「cluster」というプラットフォームでした。おしゃれな空間に、20人くらい集まった日があります。暗いけど、真っ暗じゃない。天井から、少し明るい光が降りてくる場所。
ダンスミュージックが鳴り始めます。私は自分の手足を、画面の向こうから動かします。
最初は、変な感じでした。 でも少しずつ、思った通りに動くようになっていきます。
うまく踊れている。 それだけで、なんだか自由になった気がしました。みんな日本語で話していて、友達と一緒に踊っているだけなのに、現実にはない解放感がありました。
もう一つ、よく遊んでいたのが「ZEPETO」というアプリでした。こちらはファッションを楽しむ人が多くて、私も少し若向きの、ミニスカート姿でうろうろしていました。
ある日、外国の人がチャットで話しかけてきました。英語で書かれていたので、私も英語で返しました。
うまく話せたわけじゃありません。 でも、片言でも、言葉を交わせたことが、なんだか不思議で、嬉しかったのを覚えています。
同じ頃、大学や企業もメタバースの中で講演会を開いていました。私も一度、誰かの話を聞きに行ったことがあります。
でも、正直、何を話していたかはもう覚えていません。覚えているのは、椅子に座って、ただ聞いているだけの時間が、思ったより楽しくなかったということだけ。
自由に動ける場所で、動かずに座っている。 それは、現実世界と何も変わりませんでした。
だから私は、座るより、動くことを選びました。
あるとき、clusterの中で、海の上に浮かぶ、大きな木を見つけました。その木の一番上、葉っぱに囲まれたところに、小さなカフェがあるらしいのです。
行くには、何段もの階段を登らなければいけません。でも操作に慣れていない私は、何度も、何度も、海にぽちゃんと落ちました。
落ちたら、また階段の下からやり直し。現実だったら、恥ずかしくて、もう二度と挑戦しなかったかもしれません。
でもここでは、失敗しても、何も失いません。 痛くもないし、誰も笑いません。 ただ、また階段の下から始まるだけです。
だから私は、毎日通いました。気づけば、操作にもすっかり慣れて、あっという間にあの木の上まで行けるようになっていました。
たどり着いた先には、お花の飾られた、可愛いウッドのカフェがありました。窓際の席に座って、海を眺めながら、コーヒーを飲みます。
一人だった時間に、誰かが入ってきたことがあります。心臓が、少しドキッとしました。
でもその人は、違う席に座っただけでした。私はまた、海の見える席で、コーヒーとハンバーガーとケーキを前に、海を眺めていました。
何も食べていないはずなのに、なぜか、お腹がいっぱいな気になっていました。
怖いことは、何も起きませんでした。
だから、大丈夫
あれから5年。
私はまだ、あの木の上のカフェのことを覚えています。海に何度も落ちて、また階段を登って。たどり着いた先で、コーヒーを飲みながら海を眺めていた、あの窓際の時間のことを。
そして、画面の向こうで我が子が働く姿を見ていた、どこかの親御さんのことも。ダンスミュージックの中で、言葉の通じない誰かと、ただ体を動かすだけで繋がれた、あの夜のことも。
どれも、遠い誰かの話ではありませんでした。250年前、フィラデルフィアの一室で、震える手でペンを取った人たちがいたように。5年前、私たちも、まだ名前のついていない未来に、少しだけ足を踏み入れていました。
内閣府が掲げた「2030年」まで、あと4年です。 そう聞くと、なんだか慌てなきゃいけない気がするかもしれません。
でも、思い出してほしいんです。
あの木から何度も海に落ちても、痛くはなかった。 誰にも笑われなかった。 また、階段の下から始めるだけでよかった。
分身の姿で、知らない誰かと同じ空間にいても。 言葉が通じなくても。 歩くことが難しい身体でも。
そこにあったのは、
恐れではなく、自由でした。
4年後、私たちは10人の自分を持てるようになるかもしれません。それは、遠い未来の、知らない誰かの話ではありません。
もう、5年前から、始まっていたことだから。
だから、大丈夫。 何度海に落ちても、また階段の下から始めればいいだけだから。見えなかった未来が、今日、少しだけ見えました。それだけで、もう十分です。
これから4年、慌てず、一つずつ、整えながら歩いていきましょう。海を眺めながら、コーヒーを一杯飲むくらいの速さで。
📚参考文献
・タウンニュース八王子版「デマンド・アンド・ケア 仮想空間で就労支援 対人不安の障害者ら対象」(2022年9月29日)
・綜合キャリアオプション「実践型障がい者雇用メタバースサービス」
ここまで、
お読みいただき、
ありがとうございました☕️💐
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Substack「夢かふぇ」。
店主の白石孝子です。
歴史、経済、世界の流れ。一般メディアではまだ大きく語られていないことを、カウンターで語りかけるように綴っていきます。
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白石孝子|たーちゃん
Takako Shiraishi
#16
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孝子さん!めちゃくちゃ深いですね。未来って、ある日突然来るんじゃなくて、誰かが少し先に触れていた体験が、あとから名前を持つんですよね。怖さより自由を感じた話に、すごく希望をもらいました✨
これは立ち位置が変われば"まったく違う見え方"がしますよねぇ〜👀
言えないことばかりだ😅💦