ようこそ、夢かふぇへ。
【第2話】
今日は、前回の続きです。
前回は、バブルの大阪・北新地の「普通の夜」と、保育料6万8千円の入った赤い財布の話を書きました。
一晩20万円の世界と、7万円を失くして泣いた世界。同じ私の人生の中にあった、あの落差。
あのバブルは、偶然生まれたものでも、偶然崩壊したものでもありませんでした。
誰が、何のために。その答えを、今日お話しします。
初めての方は、前回から読んでいただくと、もっと伝わると思います。でも、ここからでも大丈夫。
難しい話はしません。
あなたの暮らしに、何が起きていたのかの話だから。
1|300万円の新入社員
18歳の春、私はバス会社に入社しました。
同期は、およそ120人。
私たちの研修で教壇に立ったのは、会社の教官の先生たち。それだけではありませんでした。
外部から、専門の先生が次々と呼ばれてくるのです。
プロのアナウンサーの先生。発声、滑舌、「あ・え・い・う・え・お・あ・お」。
マナーの先生。言葉遣いの先生。歴史や教養の講座まで。そして、お茶の先生に、お花の先生。会社の中で、花嫁修行までさせてもらえるようなものでした。
「あそこの会社におったら、どこへお嫁に行っても恥ずかしくない」当時、そう言われていたんです。
そして、上司も先輩も、運転士さんまでもが口にしていた数字がありました。
「お前たちには、一人300万かけてるからな」
3年で金の卵になる、と言われていました。でも、1年目で半分が辞めていくのです。120人入って、1年で60人。
理由は一つではありません。遠くから来た子の寂しさもあった。でも、いちばん大きかったのは。暗記でした。
この会社は、大阪や京都、奈良を主に案内するバス会社。ルートの歴史も、お寺の由来も、すべてテキストを見ずに語れなければなりません。
台本を読んでいい会社もある中で、ここは全部、覚えるのです。
一年目、私は寮に住んでいました。三人部屋で、先輩と同期と一緒に。
夜、先輩が眠られてから、電気を消さなければなりません。毛布を持って、屋上に上がりました。
懐中電灯でテキストを照らしながら、小さい文字を追って、声に出して覚えていました。寒い夜でした。
でも、それが当たり前の会社でした。できない子は辞めていく。残った子が、日本一になっていく。
一人あたり年100万円として、6,000万円が毎年消えていく計算です。会社はそれを知っていて、それでも全員に300万かけました。
私は、辞めませんでした。
正直に言うと、辞めたかった日は何回もありました。でも、父との約束があったのです。反対を押し切って入社した私に、父は言いました。
「必ず教官になれ。この会社のトップになれ。それができないなら大学に行け」。そして「3年は帰ってくるな」と。
帰る場所がないなら、やるしかない。意地やったと思います。
それが、不思議なんです。丸3年勤め上げてみたら、1年目にあんなに辞めたかったことが、嘘みたいに消えていました。
会社が言っていた「3年で金の卵」。
父が言った「3年は帰ってくるな」。
ふたつの3年が満ちた4年目、私は教える側、教官になっていました。自分の生徒を連れて、セミナーにも一緒に出る立場です。
300万円の投資が教える側を育てて、その教官がまた次の子を仕込んでいく。
お金が人を育てて、人がまた人を育てる。そういう循環が、会社の中に回っていたのです。
バブルの頃、友達とハワイに行きました。ワイキキのホテルは、日本人に買い占められていました。
でも私たちが泊まれたのは、ビーチから一本入った安いホテル。
ダイヤモンドヘッドはよく見えたけれど、食事は現地の人しか来ないような店か、日本人がやってるうどん屋でうどんをすすっていました。
企業の財布と、個人の財布は、別の話だったのです。
ここ、覚えておいてくださいね。
会社が、18歳の女の子に投資していた。
私たちは、一円も払っていません。
2|お茶菓子と銀行員
数年後、私は旧家に嫁ぎました。
嫁ぎ先には、ときどき若い銀行員さんが来るのです。アポなしで、急に。
お義父さんは普通の勤め人でしたが、ちゃんと応接間に上げて、お茶とお茶菓子を出して、話を聞きます。
お茶を出すのは、若いお嫁さんの私。
「今日のカステラ……私の分、なくなるやん」
心の中で、そう思っていました😂
でも、あの銀行員さん、何をしに来ていたと思いますか。「借りてください」と言いに来ていたのです。
借りたい人が銀行に頭を下げるのではありません。銀行が、家に来て、頭を下げていた。
なぜそんなことが起きていたのか。
銀行の上には、もっと大きな銀行があります。日本中のお金の蛇口を握っている——日本銀行です。
あの頃、そのお金の蛇口が全開でした。
そして、お金の蛇口は勝手に開いたのではありません。昔の日銀は、国の言うことを聞かなあかん仕組みでした。
大臣が「もっと貸せ」と言ったら貸す。「止めろ」と言ったら止める。
大臣は日銀に広く命令でき、逆らえば総裁の首も危うい。それくらい強い権限を、国が握っていたのです。
だからお金の蛇口を開けたのも、閉めたのも、実は大蔵省でした。
銀行ごとに「今期はこれだけ貸しなさい」と、貸す量を割り当てていた。「窓口指導」という仕組みがあったのです。
銀行員さんがうちに頭を下げに来たのは、その割り当てを埋めるためでした。
そして、貸す基準は「土地」。
代々続く家、土地の信用。土地さえあれば、いくらでも貸せました。
「土地の値段は絶対に下がらない」
日本中の銀行が、この一枚の信仰の上に建っていたのです。
お金の蛇口が開く。銀行が貸しまくる。会社の財布が膨らむ。その膨らんだ財布が——
18歳の私の、300万円の研修に。
近場は1泊2日、遠方は2泊3日の豪華な慰安旅行に。バスガイドとして乗った、大阪中の会社の社員旅行に。
北新地の、一晩20万円の夜に。
ぜんぶ、同じお金の蛇口から流れていた水でした。
そして1990年前後、同じ場所が、お金の蛇口を閉めました。
開けるのも、閉めるのも、急でした。
水が止まると、会社の財布がしぼんで、給料が止まって、土地の信仰が崩れて、
保育料6万8千円が、「大金」になりました。
バブルが崩壊して、日本中が混乱していた1998年。その混乱のどさくさの中で、日銀法が変わりました。
国が日銀に命令する権限も、総裁の首をおびやかす力も、消えました。
これは当時の新聞に載った話です。
私も長い間、分かりませんでした。なぜバブルが生まれたのか。なぜ崩壊したのか。なぜ30年、給料が上がらなかったのか。
誰も教えてくれなかった。
新聞もテレビも「景気が悪くなりました」としか言わなかった。入口も出口も、ずっと分からないままでした。
バブルが崩壊して、10年が経った頃。一冊の本に出会いました。その本が教えてくれたのです。お金の蛇口を握っていた手が、どこにあったのかを。
あなたのせいじゃなかった。
時代がそうさせていたのです。
その本が、リチャード・ヴェルナーという経済学者が書いた『円の支配者』です。
日銀の資料をたどって示した話。記録で追える、経済のお話です。
3|あの熱狂、また始まってるよ
ここからが、今日いちばん伝えたい話です。
数ヶ月前、リサーチとして、あるAI講座の無料セミナーに参加しました。コンサルとして、どんなものか見ておきたかったのです。
画面の向こうで、主催者が言うのです。
「これからはAIで稼げる時代です」
安いコースでも、受講料は30万円前後。
その熱に、私は覚えがありました。
あの研修室と、同じ温度でした。「これからや」という、あの熱狂。
でも、一つだけ、決定的に違うことがあったのです。お金の向きが、逆でした。
バブルの熱狂では、会社が私に300万円払った。今の熱狂では、あなたが30万円払う。
あの頃は、組織が人に投資しました。
今は、不安な個人が財布を開けます。
私の300万円は、発声と、暗記と、マナーと、お茶お花。40年経ったいまも私の中に残っている「実」に化けました。
ねえ、あなたの30万円は、何に化ける予定ですか。
一つだけ、見分け方を置いておきますね。
本物の投資は、あなたが一人前になるまで面倒を見ます。私の会社は、暗記させて、現場に立たせて、教官になるまで育てました。
急いでいる投資は、あなたに売ったら、終わります。
育てるお金か、売り抜くお金か。
熱狂そのものは、悪ではありません。あの頃のみんなも、イキイキしていました。熱は、いつも本物です。
ただ、熱狂の後ろには、いつもお金の蛇口があります。
あの頃のお金の蛇口は、大蔵省と日銀が握っていました。
そして、お金の蛇口が閉まった30年。あなたが苦労したのは、あなたのせいじゃありませんでした。
次回は、そのお金の蛇口が今どこに向いているか。その話をしますね☕️
📚参考文献
• 『円の支配者』リチャード・A・ヴェルナー著(草思社、2001年)
• ドキュメンタリー映画『Princes of the Yen』(2014年)※YouTubeで「円の支配者」と検索すると見られます
• 日本銀行「1997年の日本銀行法改正(1998年施行)のポイント」www.boj.or.jp
• 東京新聞「新日銀法が施行 もろさ残る『独立性確保』」1998年4月1日
☕️前回の記事はこちら
『バブル経済の大阪・北新地「普通の夜」』
一晩20万円の北新地と、
保育料6万8千円の赤い財布。
今回の話につながる始まりの物語です。
ここまで、
お読みいただき、
ありがとうございました。
また、ここ夢かふぇでお会いしましょう☕️💐
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店主の白石孝子です。
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白石孝子|たーちゃん
Takako Shiraishi
#10







孝子さん!めちゃくちゃ読み応えありますね。会社が人に投資していた時代と、不安な個人が自分に投資する時代。そのお金が「育てるお金」なのか「売り抜くお金」なのか、見極める視点が大事ですね✨
そんな時代があったのですね😳
採用で1人に300万もかける時代…
今では考えられないです🙄
円の支配者早速チェックしたいと思います🫡
続きが楽しみです✨