ようこそ夢かふぇへ
【第1話】
ねえ、
今日は少し、カウンターごしに、
私自身の話をさせてください。
30年以上前の、大阪の話です。
あなたは、あのバブル、
誰が作ったか知ってるかな?
あの頃のことを覚えていますか。
知らない世代の方は、物語として読んでください。
これは全部、実話です。
1|あの夜の北新地
第三ビルから第一ビルへ向かって、友達と二人で歩いていました。国道2号線沿いには黒塗りの大きな車が並んで、タクシーが何台も連なっていた。
新地の向こうがきらきら光って見えて、「やっぱり新地はすごいな」なんて話しながら歩いていました。
その子はとびきりかわいくて、私たちは二人とも、この日めいっぱいおしゃれをしていました。久しぶりに会うから、おいしいものを食べようと約束していた。
だからその夜は、何度か男性に声をかけられていたけど、全部断っていました。
そこに突然、爽やかなスーツ姿の二人が声をかけてきました。しかも最初から場所を言ってきた。
「〇〇という会員制の洋風シーフードレストランで食事しませんか」と。
誰でも入れる店じゃない。そこならと思って、「いいんですか」と二人で顔を見合わせました。
四人で新地の中を歩いて、お店に入った瞬間から空気が違いました。入り口から違う。中も違う。周りにいる人たちの服が違う。
まるでパーティ会場に迷い込んだみたいで華やかでした。女性も男性も、みんなきらびやかで。
あの頃はそういう大人の世界があって、そこに足を踏み入れられたことが、正直うれしかった。若かったから。
友達と小声で言いました。「今日おしゃれしてきて良かったね」って。
席についた瞬間からシャンパンで乾杯して、その後はワインが次々と運ばれてきました。カニも見たこともないような立派なもので、どんどん出てきました。
お会計はカード払いだったから金額は見えなかったけれど、後で友達と「あれ絶対20万円以上してたよね」と話しました。席料だけで一人1万円以上はついてたはず。
帰り際、「タクシーで帰り、危ないから」と3万円を渡されました。
私は城東区、友達は四條畷市。全然違う方向でした。久しぶりに会った友達だったから、少し遠い四條畷市まで先に送って、そこから一人で城東区へ。それでもお釣りが出ました。
タクシー乗り場では、みんなが10万円ほどの束をひらひらさせていました。それでもタクシーはなかなか捕まらない。
国道2号線には、タクシーの列と黒塗りの社用車がずらり。社長クラスのお迎えです。
あれが普通の夜でした。バブルの大阪では。
後日、そのうちのお一人からお手紙が届きました。まだ携帯電話のない時代です。「楽しい夜でしたね」と、丁寧な文字で書いてあった。
大手の会社に勤めている、優しくて真面目な方でした。それからしばらく、手紙のやり取りが続きました。
あの夜は、ただ豪華な食事をしただけの夜やなかったんやと、今になって思います。
2|赤い財布
その後、私は結婚しました。子供たちが生まれた頃、あの華やかな時代は終わっていました。
働くために、子供たちを保育園に預けるしかなかった。
保育料は月に6万8千円。二人分合わせて。
毎月、銀行でお金を降ろして、赤い財布に入れて払いに行っていました。
ある日、子供たちを連れてハンバーガーショップに寄った後、トイレにその赤い財布を忘れました。
気づいてすぐ戻りました。
財布はもうありませんでした。
その月の保育料、全部入ったままで。
子供たちはハンバーガーを美味しそうに食べていました。私は味がしなかった。この7万円近く、どうするんやろって。笑えるでしょう。笑えないけど。
心の中で泣きました。
でも話には続きがあります。
しばらくして、家に電話がかかってきました。京都から。
ある会社の前の電話ボックスに、赤い財布が置いてあったと。中の免許証を手がかりに、その会社の方が連絡してくれたのです。
一瞬思いました。この人が盗んだんやないかと。
違いました。誰かがお札だけ抜いて、電話ボックスに捨てていったのです。
着払いで送っていただいて、お礼にジュースの詰め合わせを送りました。「会社の皆さまで飲んでください」と添えて。
人の善意は、ちゃんとあった時代でした。
なかったのは、お金の方です。
3|あの落差は、偶然じゃなかった
あの北新地の夜から、たった数年後の話です。
一晩の食事が、20万円。
二人分の保育料が、月6万8千円。
つまりあの夜のテーブルには、保育料3ヶ月分近いお金が並んでいたことになります。
同じ私の、同じ人生の中の話です。
10万円をひらひらさせていた世界と、7万円の財布を失くして泣いた世界。その間にあったのは、努力の差でも、運の差でもありません。
何かが、私たちの生活を大きく動かしていた。
あのバブルは、偶然生まれたものでも、偶然はじけたものでもなかったのです。
誰が、何のために作ったのか。
陰謀論ではありません。公開された記録と研究で、きちんと追える話です。
続編で書きます。もちろん、無料で。☕️
ここまで、
お読みいただき
ありがとうございました。
はじめましての方へ。
ここは、Substack「夢かふぇ」。
店主の白石孝子です。
この場所では、歴史、経済、世界の流れ。一般メディアではまだ大きく語られていないことを、カウンターで語りかけるように綴っていきます。
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また、ここ夢かふぇでお会いしましょう☕️
白石孝子|たーちゃん
Takako Shiraishi
#9







まさに同世代を生きてきて、ちょうどバブルの最高潮のときは大阪に(大阪守口市)出身なんで、懐かしく読んでいました。
そう!自分も財布を鍵をかけ忘れた車に置いていたお金を取られた。後日誰かが草むらから拾ったと警察が電話があって、同じように札だけ抜き取られて戻ってきたこともありました。
また続編で、そうだ!そうだ!と懐かしく読みたいと思います。
孝子先生、読ませていただきました😊
バブル時代はあまり経験していませんが、お金が溢れているシステムも作り出させたものだった訳ですね。
お金を増やすことによって経済に活気が出て、人も活性化する様子が伝わってきます。
続きも読ませていただきます✨