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【全3話・第2話】
ねぇ、
高校生の頃、物理のテストで、赤点を覚悟で、余白に自分の意見をびっしり書いたことがあります。
結果は、赤点どころか、98点でした。
何が起きたのか、その理由は、この記事の後半でお話ししますね。
何かを始めようとするとき、まず「正解」を探しにいってしまうこと、ありませんか。
AIに聞く。本を読む。動画を見る。講座に申し込む。そこまでやって、それでも最後の一歩が、なかなか踏み出せない。
「もっと情報を集めれば、きっと確信が持てるはず」
そう思って、また新しい情報を探しにいく。でも、情報が増えるほど、かえって決められなくなる。そんな経験をした方も、少なくないと思います。
それは、あなたの意志が弱いからじゃないと思います。実は、その思考のクセには、歴史があります。
今日は、150年前に実際にあった、一つの事件のお話をします。噂を信じた一人の青年が、一人の大臣の命を奪ってしまった話です。
正直に言うと、この話は今の私たちにも、そのままつながっています。SNSで誰かが特定され、真偽が確かめられないまま拡散され、取り返しのつかないことになる。そんなニュースを、私たちは今もたくさん目にしていますよね。
これは、昔の話のようで、実は今日のあなたの話でもあります。
少し長めの記事になりますが、もしお時間がない時は、2章だけでも、覗いてみてくださいね。
1|5歳と、認知症と、同じ場所の話
私は医師でも研究者でもありません。でも、三人の親を見送る中で、この話の意味を、身をもって知りました。
脳の中に、前頭前野と呼ばれる場所があります。判断すること、考えること、感情をコントロールすること。人が「自分の頭で考える」ときに、中心となる場所です。
私の義父も、脳梗塞を何度も繰り返しました。救急で運ばれるたびに、二つの大学病院に、毎日通いました。
ある日、義父がICUに入っていたとき、心配したご兄弟が四人、駆けつけてくれたことがありました。本来、ICUは面会できません。でも、その時だけ特別に、少しだけなら外に出てもいいと許可が出ました。私が義父の腕を組んで、一緒に外まで歩いて出てきたんです。
それを見たご兄弟が、とても喜んでくれました。「いいお嫁さんで良かったな」と、義父に向かって言いながら、みんな私に頭を下げて、「兄ちゃんのこと頼んます」と言ってくれたんです。あの時は、義父もまだ、ご兄弟の名前をちゃんと覚えていました。
でも、そこから少しずつ、名前が消えていきました。まわりの人たちの名前を、一人、また一人と忘れていきました。
それでも、私の名前だけは、最後まで覚えていてくれました。「たかこちゃん」と、呼んでくれるんです。「いいお嫁さんやから、名前だけは覚えてるんやな」と、みんなで笑い合ったこともありました。
名前は、少しずつ、少しずつ、忘れられていきました。それでも、私の名前だけは、最後まで残っていました。
「高次脳機能障害」という診断名は、こういうことなんだと、そばで見て初めて分かりました。前頭葉がダメージを受けると、記憶や判断、感情のコントロールが難しくなります。これが、前頭前野という場所の役割です。
そして、この前頭前野は、3歳から5歳ごろにかけて、著しく育っていくことが分かっています。
前回お話ししたように、イギリスでは、子どもたちが5歳から「疑うこと」を教わります。
「どうしてそう思ったの?」
「反対の意見の人は、どう考えると思う?」
そんな問いかけを、学校で日常的にするそうです。これは思いつきではなく、ちょうど脳のこの部分が一番育ちやすい時期に、合わせているんですね。
(詳しい研究データは、記事の最後にまとめています。専門用語が苦手な方は、読み飛ばしていただいて大丈夫です。)
ここで、少しだけ知っておいてほしいことがあります。この前頭前野という場所は、歳を重ねてからも、とても大事な場所です。認知症が進んでいく多くの過程でも、この場所の萎縮が関わっていると言われています。
子どもの頃、育っていく場所。
歳を重ねてから、衰えていく場所。
それは、同じ場所なんです。
だから、小さなお子さんを育てている方も。ご家族のことを考えている方も。この話は、どちらも「自分ごと」です。そして、子どもや高齢の方だけの話でもありません。
あなたの前頭前野は、今この瞬間も、判断をし続けています。誰かに正解を教えてもらうことに慣れきってしまうと、この場所を使う機会が、少しずつ減っていきます。
「今日、何を自分の頭で考えたか」は、年齢に関係なく、脳にとって、静かに意味のあることなんですね。
そういえば、冒頭でお話しした、あの物理のテストの話。実は、この続きの中にあります。もう少しだけ、お付き合いくださいね。
そして、これからお話しする明治の話も、実は同じテーマの続きです。あなたが今、何かを決めるときに感じる「もっと確かめてから」という迷いと、「もう誰かが言っているから、たぶん合っている」という思い込み。この両方の芽が、150年前の日本にすでにあったんです。
だから、この話は歴史の勉強ではありません。私たち自身の「考え方」の話なんです。
2|噂が、一人の文部大臣の命を奪った
高校生の頃のことでした。決められた答えを、決められた形式で書いていく。それがテストだと思っていました。
でも、あるとき、どうしても書きたいことがあったんです。答えを書き終えた後、余白に、自分の考えをびっしりと書き込みました。「こうこうこうで、ああで、こうだから」と、先生に向けて。
(余談ですが、あの物理の先生はハーレーに乗る方でした。バイク好きだった私は、放課後によく先生と話をしていました。その先生が、私の余白いっぱいの考えを、しっかり受け止めてくださったんです。)
正直、これは赤点だと思っていました。決められた形式を無視して、勝手なことを書いたんですから。
「はい、テスト返すぞ」と先生が呼ぶ声に、下を向きながら取りに行きました。名前を呼ばれて、うつむいたまま受け取った瞬間、ちらっと赤いものが目に入ったんです。
「えっ」と思って、思わずぱっと見て、そのままテストをひっくり返しました。みんなに見られたら恥ずかしい、と思ったんです。
98点。
そして、私が余白にびっしり書き込んだところに、赤いマジックで大きな花丸がついていました。
あれは、今でも忘れられません。「間違っている」と思っていた行動を、まるごと肯定してもらえた気がして、めちゃめちゃ嬉しかったんです。🤭
実は、あのテスト用紙、ずっと大事に取っておきました。何年も、何十年も。でも、引っ越しを重ねるうちに、いつの間にかどこかへ行ってしまいました。今はもう、手元にありません。それでも、あの花丸だけは、今も私の背中を押し続けてくれています。
あの先生は、きっと本当は、もっと対話形式の授業をしたかったんじゃないかと、今になって思います。でも、日本の教育の仕組みそのものが、決まった正解を、決まった形式で答えさせるようにできている。その中で、先生なりに、私の余白の書き込みを、それでも受け止めてくださったんじゃないかと思うんです。
なぜ、日本の教育は、こういう仕組みになっているんでしょうか。
その答えを知るために、一人の人物の話をさせてください。日本の近代教育の骨格をつくった、初代文部大臣、森有礼(もり ありのり)さんです。
森さんは、薩摩藩の武士の家に生まれ、わずか17歳でイギリスへ留学しました。当時、海外に行くことは禁止されていましたが、薩摩藩がこっそり、森さんを含む19人の若者を、イギリスへ送り出したんです。
帰国後、福沢諭吉さんたちと一緒に、西洋の新しい考え方を日本に広める活動をします。森さんは、暮らし方まるごと西洋式の人でした。
結婚するときも、今のような入籍ではなく、紙に条件を書いた契約書を交わして結婚したんです。しかも、その契約書には、福沢諭吉さんが立会人としてサインしています。当時の日本では、誰もやったことのないやり方でした。
1885年、38歳で初代文部大臣になった森さんは、今の小学校・中学校・大学のしくみの土台を、次々と作り上げていきます。全国どこでも同じ教育が受けられる制度の基礎を築いたのが、森さんでした。
でも、その先に、悲劇が待っていました。
ある日、新聞にこんな記事が載りました。「とある大臣が、伊勢神宮にお参りしたとき、杖の先で神様の前の布をめくって、中をのぞいた」
これが「神様に対して失礼だ」と、一部の人たちの怒りを買います。
でも、よく読んでみてください。この記事は「とある大臣」としか書いていません。名前は、どこにも書かれていないんです。
それなのに、世間は「これは森有礼に違いない」と決めつけました。森さんが西洋のやり方を積極的に取り入れていたことから、「西洋かぶれのあの人がやったんだろう」と、噂が独り歩きしていったんです。
実は、森さんの側近たちは、この話をはっきりと否定していました。でも、その否定の声は、世間には届きませんでした。
1889年2月11日、大日本帝国憲法発布の式典当日。森は、この噂を信じた一人の青年に刺され、翌日、命を落とします。42歳でした。
森さんが本当に、神社で失礼なことをしたのかどうか。実際にどのような行為があったのかについては、史料上も議論が残っています。
3|疑わなかった、たった一人の青年の話
森さんを刺したのは、西野文太郎さんという、23歳の青年でした。
西野さんは、実は、西洋の言葉を教える学校で働いていた人でした。まわりには、西洋の考え方を好む人がたくさんいました。でも西野さん自身は、昔からの日本の考え方を大事にしたいという思いが強く、まわりから浮いていたと言われています。
そんな中で、西野さんはあの新聞記事を読みました。「とある大臣が、神社で失礼なことをした」
名前も書かれていない、たった一つの記事。それを、西野さんは信じました。そして「森有礼に違いない」と決めつけ、「許せない」と思い込んでいきます。
誰かに「本当ですか?」と確かめることもなく。森さんの側近が否定していたことを、知ろうとすることもなく。
一つの新聞記事だけを信じて、西野さんは行動を起こしました。もし、あのとき。西野さんが、一度だけでも「これは本当のことなんだろうか」と立ち止まっていたら。誰かに確かめていたら。
歴史は、違う形になっていた可能性があります。
150年前に起きたこの出来事は、実は、今の私たちの日常と、驚くほど似ています。
匿名の噂が広まる。誰かが「あの人に違いない」と決めつける。その決めつけを、みんなが疑わずに信じてしまう。そして、取り返しのつかないことが起きる。
SNSで人が特定され、事実が確かめられないまま炎上し、取り返しのつかないことになる。そんなニュースを、私たちは今も、たびたび目にするたび、胸がざわつきます。
150年経っても、私たちは同じ失敗を、形を変えて繰り返している、そう思えてなりません。
森さんが築いた学校制度は、森さんの死後、皮肉なことに、大きく姿を変えていきます。
1890年、「教育ニ関スル勅語」が発布されました。親を大切にすること、兄弟姉妹が仲良くすること、学問に励むことなどとともに、国家や社会に尽くすことも重視されるようになります。
1903年には、それまで自由だった教科書も、国が定める教科書に統一されます。
イギリスの教育が「疑う市民」を育てることを目指したのに対して、日本の近代教育は、「国家に忠実な国民」を育てることを、大きな目的の一つとして据えていったんです。
これは、当時の日本が置かれていた状況を考えると、決して理不尽な選択ではありませんでした。
欧米に飲み込まれるかもしれない、という強い危機感の中で、国がまとまり、一丸となって近代化を進める必要があったからです。「疑うこと」より「揃うこと」が、国を守るための、合理的な戦略だったとも言えます。
そして、この「正解を早く、正確に覚える」という教育のかたちは、その後、受験という仕組みの中で、さらに強化されていきます。
あなたご自身も、あるいはお子さんも、「テストでいい点を取ること」と「自分の考えを持つこと」を、どこかで別のものとして扱ってきたところがあると思います。
それは、あなたのせいでも、学校の先生のせいでもありません。150年前に設計された教育の骨格が、今もなお、私たちの学び方に、静かに影響を与え続けているからです。
冒頭でお話しした、あの物理のテストの話。あの時の先生の葛藤も、きっと同じところから来ていたんだと思います。
150年という時間が経ちました。社会も、働き方も、大きく変わりました。それでも、教育の根っこの部分は、私たちが思っている以上に、あの時代のまま残っています。
これは、昔の話ではありません。今の私たち自身の考え方にも、静かにつながっている話です。
「もう大人だし、今さら考え方は変わらない」。そう思わないでくださいね。前頭前野が一区切りの成熟を迎えるのは25歳頃だと言われていますが、脳はその後も一生涯、変化し続ける性質(可塑性)を持っています。何歳からでも、遅すぎるということはありません。
森さんが本当に神社で何をしたのか、誰にも分かりません。分かっているのは、「確かめないまま信じたこと」が、一人の命を奪ったという事実だけです。
私たちが今日、何かの噂やニュースを目にしたとき、「本当かな」と、一度だけ立ち止まること。その小さな習慣が、150年前には防げなかった悲劇を、これから先、繰り返さない力になります。
知識を増やすだけでは、もう足りない時代です。これからは、考える力を育てる時代。この連載では、そのヒントを一緒に探していきます。
次回は、いよいよAI時代のお話です。AIが知識を瞬時に届けてくれるこれからの時代に、私たちは何を育てるべきなのか。一緒に考えていきたいと思います。
前回の記事「クリティカルシンキングとは?イギリスの教育に学ぶ、子どもの『考える力』の育て方」、「子育て中の人向けの話かと思ったら、自分ごとだった」という声をたくさんいただきました。今日の記事は、この連載の続きでもあります。まだの方は、ぜひ覗いてみてください。
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ここまでお読みくださり、
本当にありがとうございました。
また、ここ夢かふぇでお会いしましょう☕️💐
📚参考文献
【脳科学】
⚫︎前頭側頭型認知症
⚫︎知能を大きく成長させる? 25歳までに起こる「人生の危機」その傾向と対策
【明治教育史】
⚫︎学制が公布される
⚫︎学制
⚫︎森有礼
⚫︎教育ニ関スル勅語
⚫︎教育勅語とは
⚫︎教育勅語
⚫︎伊勢神宮にまつわる明治最大のスキャンダル「森有礼不敬事件」
⚫︎政治と正義
☕️夢かふぇ
この先は、歴史、政治、経済、世界の流れについても、少しずつ深く綴っていきます。
出来事を追うだけではなく、その背景にある歴史や、人が動く理由、そしてこれから私たちの暮らしや仕事に何が起きるのか。
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このシリーズを読む
白石孝子|たーちゃん
Takako Shiraishi
#22
苦味があって、深くて、飲み終わった後に何か残る。そんな記事をここで綴っています。無料購読で、次の一杯をお届けします☕️💐











コーチングを受けている時、「本当にそう思っていますか?」と何度も言われたことがあります。私の思い込みも相当なものがありましたから。
それ以来、私も「本当にそう思ってる?」と自問自答することが増えました。
それは事実か、解釈か、をみるようになりました。
とても大事なことだと思います。
孝子さん
おはようございます、おもしろくて一気に読みました、まさに同じように思い、同じ様に子どもの頃校長先生に手紙を出したことを思い出しました、社会は変えられなくても、まずは自分の家庭からとおもい、色々楽しんでいます